第二十七回 伊東静雄賞 受賞作品
奨励賞
ガッコのセンセ
渡会克男
その子は飛べない家鴨のようだった。
算数と運動が大の苦手で、絵と音楽が大好き
だった。
いつもヨタヨタ歩き、ガアガアと大声で歌い、
夕焼けの空ばかり描いた。
足し算も「ひとーつ、ふたーつ」と指を折っ
て数えるその子に、担任の先生は何ヶ月も
かかってしつこく九九を教えた。
他の子供そっちのけでしばしば授業が中断し
たから、その子は迷惑がられ、「センセ、ヒ
イキやないけえ」と、多くの子が先生に口を
尖らせた。
神風特攻隊生き残りの丸坊主頭のセンセ。
飛行機からラビットのスクーターに乗り替え、
お寺の住職を兼ねていたので、葬式があると、
袈裟で風を切った。
そのセンセが退職する日、講堂で児童を代表
して誰か謝辞を述べることになった。
「アンタがやったらええがな。一番センセに
可愛がられたんやもんなあ」
クラス一番の剽軽者の冗談に、その子は「よ
っしゃあ」とうなづいた。
いよいよその日、ヨタヨタと壇上にあがった
その子は、ガアガア声でこう切り出した。
「センセ、ありがと」
そして、死ぬまでの日数を九九で数える方法、
夕焼けの向こうには海に沈んだままの兵隊さ
んがぎょうさんいることなどを教えてくれた
と、長々としゃべった。
誰も退屈しない静かな講堂――その子が話し
終えると、それまで歯を食いしばっていたセ
ンセが背筋をピンと伸ばしてから、兵隊さん
のように最敬礼した。