第二十七回 伊東静雄賞 受賞作品

奨励賞

ガッコのセンセ

渡会克男

その子は飛べない家鴨のようだった。
算数と運動が大の苦手で、絵と音楽が大好き
だった。
いつもヨタヨタ歩き、ガアガアと大声で歌い、
夕焼けの空ばかり描いた。

足し算も「ひとーつ、ふたーつ」と指を折っ
て数えるその子に、担任の先生は何ヶ月も
かかってしつこく九九を教えた。
他の子供そっちのけでしばしば授業が中断し
たから、その子は迷惑がられ、「センセ、ヒ
イキやないけえ」と、多くの子が先生に口を
尖らせた。

神風特攻隊生き残りの丸坊主頭のセンセ。
飛行機からラビットのスクーターに乗り替え、
お寺の住職を兼ねていたので、葬式があると、
袈裟で風を切った。

そのセンセが退職する日、講堂で児童を代表
して誰か謝辞を述べることになった。
「アンタがやったらええがな。一番センセに
可愛がられたんやもんなあ」
クラス一番の剽軽者の冗談に、その子は「よ
っしゃあ」とうなづいた。

いよいよその日、ヨタヨタと壇上にあがった
その子は、ガアガア声でこう切り出した。
「センセ、ありがと」
そして、死ぬまでの日数を九九で数える方法、
夕焼けの向こうには海に沈んだままの兵隊さ
んがぎょうさんいることなどを教えてくれた
と、長々としゃべった。
誰も退屈しない静かな講堂――その子が話し
終えると、それまで歯を食いしばっていたセ
ンセが背筋をピンと伸ばしてから、兵隊さん
のように最敬礼した。


第二十七回 伊東静雄賞 受賞作品

奨励賞

雪の葬列


宮 せつ湖

磐越西線に乗り
猪苗代湖へ向かう
中山峠を過ぎたあたりから
土葬の祖母の墓山がみえてくると
耳裏にこうこうと打ちよせる情景がある

田舎の祖母が逝ったのは
ぼた雪の降りしきる夜だった
長襦袢から真っ赤な腰紐をほどき
みずからの両足首をきつく結んで
祖母は 逝った
ただただ土に生き
草の名を教えてくれた大切な祖母だった

葬送の日も朝から 激しい雪で
白装束に天冠をつけた父は
素足に藁の草履をはいて列の中に立っていた
渦まくように降る雪は
遺影を抱きしめる父を 打つ
遺影の祖母の顔を 打つ
わたしは葬送の間中
足首を閉じ半身を蔵って逝った
祖母の最期の仕草を思っていた
うつくしいと
声さえ凍らす雪の荒びの中から
父の号泣が聞こえる それは
葬列を曳く一艘の雪舟のようだった
白い水脈が蛇行しながら墓山をのぼってゆく
その傍らにほそくゆらいでいた
真っ赤な蝶

  さにつらう腰紐ほどき足首を
  真赤き蝶にむすびて逝けり
今のわたしには詠うことしかできなくて





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第27回 奨励賞受賞者 渡会克男氏   第27回 奨励賞受賞者 宮せつ湖氏   第27回 記念講演 講師 北川透氏